ケーススタディ研究の設計と実施

ケーススタディとは、特定の人や組織、活動などを詳しく調べる研究方法である。関係者の話や文書、観察記録などをもとに、何が起きているか、なぜそうなったかを明らかにする。組織の決まりや関係者同士のやり取りなど、出来事が起きた背景も調べる。

1. 問いと対象を決める

ある会社の窓口では、問い合わせに当日中に回答することを目標にしている。だが、月曜朝に受け付けた問い合わせへの回答が、火曜午後になったとする。受付と回答の時刻だけでは、なぜ翌日までかかったかはわからない。原因を探るには、誰が何をしていたかを調べる必要がある。

リサーチを始めるときには、何を知りたいのかを「答えられる問い」として書く。先の例では、「問い合わせ対応を調べたい」だけでは焦点が定まらないので、「問い合わせへの回答が遅れるのはなぜか」を問いにすることになる。問いを絞るときは、すでにわかっていることと、まだわかっていないことを区別し、今回の調査で何を明らかにするかを考える。

問いだけでなく、調べる対象や期間も決める。研究で調べる対象をケースと呼ぶ。組織だけでなく、個人、活動、意思決定などもケースにできる。対象だけでなく、期間、場所、活動、関係者の範囲を定めることを、ケースの境界を決めるという。この例では、会社の窓口をケースに設定し、ある1か月間に窓口が受け付けた問い合わせについて、受付から回答までの対応を調べる。また、調査を実施可能かどうかも確認する。

2. 考えられる理由と証拠を考える

調査を開始する前に、回答が遅れる理由として考えられることを書き出してみる。たとえば、「回答内容を一人の責任者が確認しているため、その確認待ちで回答が遅れている」という説明を考えてみる。こうした、調査で検討する主張のことを研究命題と呼ぶ。

他にも理由があるかもしれない。たとえば、回答に必要な情報を調べるのに時間がかかっているのかもしれない。あるいは、問い合わせ件数が多すぎて、担当者が対応を始められないのかもしれない。このように、同じ結果について考えられる別の説明を競合説明と呼ぶ。

考えた理由を確かめるために、以下のような証拠を集める。必要な証拠を先に考えておけば、ムダな資料を集める失敗を避けやすい。

考えられる理由 確かめることと、必要な証拠
責任者の確認を待っていた 回答案はいつ完成し、いつ確認を得たか。
→ 作成履歴、確認依頼、確認の決まり、責任者の勤務状況を調べる
回答案を作るのに時間がかかった 何を調べ、どの情報を待っていたか。
→ 回答案、調査の記録、担当者の説明を調べる
問い合わせが多く、着手できなかった 受付から着手までに何が起きたか。
→ 対応履歴、受付件数、担当者数を調べる

3. 調査の手順を準備する

証拠を集める前に、誰に何を聞くか、どの資料を集めるか、どの作業を観察するかを決める。また、記録の取り方や報告に載せる内容も考える。このように、研究の概要、資料を集める手順、研究者が確かめる問い、報告の構成をまとめた計画をケーススタディプロトコルと呼ぶ。

調査先と参加者には、研究の目的、見せてもらいたい資料、観察したい作業、参加者の負担、成果の使い方を説明する。参加、録音、引用、匿名化、保管の条件を確認し、所属機関に必要な手続きがあれば従う。

4. 出来事を記録して確認する

本調査では、まずは観察から始める。このときに観察事実と研究者の解釈は分けて記録する。

次に、具体的な出来事について話を聞く。観察で気になったことだけでなく、「最近の問い合わせをひとつ選び、受付から回答までを教えてください」のように全体像について質問する。回答を聞きながら、担当者が実際にしたこと、待っていたこと、実際に使った資料などを記録する。

話を聞いた後は、その内容を他の人の話や文書で確かめる。たとえば、担当者が「月曜午前に案を作ったが、火曜午後まで確認を待っていた」と話したら、責任者にもその日の状況を聞いたり、回答案と対応履歴を確認したりする必要がある。同じ出来事について、複数の証拠を照らし合わせることをトライアンギュレーションと呼ぶ。記録が一致しない場合は、食い違いの理由を調べる。

記録には、出所と該当箇所を記録して保存する。保存した資料のことをケーススタディデータベースと呼ぶ。何を知りたいかに応じて、必要なデータを選ぶ必要がある。

5. 記録を整理して分析する

記録を集めたら、研究で知りたいことに合わせて整理する。たとえば、窓口の担当者が仕事で何に困っているかを知りたいなら、複数の担当者の発言を話題ごとに整理する。仕事が決められた手順どおりに進んでいるかを知りたいなら、業務文書に書かれた手順と観察記録に残した実際の行動を比較できるように整理する。

時間がかかった段階を見つけたい

窓口の例では、責任者の確認を待つ時間が回答を遅らせているのではないかと考えた。これを調べるために、回答が翌日になった問い合わせAと、当日中に回答したBの対応履歴を並べ、どの段階の時間に違いがあるかを比べる。

問い合わせ 受付 確認依頼 確認 送信
A 月曜09:00 月曜09:40 火曜15:00 火曜15:10
B 木曜09:00 木曜09:40 木曜09:50 木曜10:00

受付から確認依頼までは、どちらも40分である。確認を得てから送信までも、どちらも10分である。大きく違うのは、確認依頼から確認までの時間だった。Aでは翌日の午後までかかっているが、Bでは10分で終わっている。

遅れた理由を知りたい

ここまでに、確認依頼から確認までに時間がかかる場合があることがわかった。さらにその理由を知りたい場合は、確認が進まなかった理由を調べることになる。

まず、完成した案の確認を待っていたのか、回答案の修正を何度も繰り返していたのかを区別する。回答案の作成履歴を見ると、月曜朝から送信までに修正の痕跡はない。また、担当者は確認を待っていただけと答えている。これらの記録から、Aでは完成した案の確認を待っていたと判断できる。

次に、完成した案の確認が遅れた理由を調べる。勤務予定と責任者の話によると、月曜は責任者が外出して確認できなかった。業務手順を確認すると、責任者の確認を受けてから送信する決まりがあり、代行者は定められていなかった。

考察の結果、第2節の「考えられる理由」を「責任者が不在であり、代行者の制度もないため、確認が遅れた」と修正した。次は、この説明が他の問い合わせにも当てはまるかを調べる。このように、考えた説明を証拠と比較しながら、修正と検討を繰り返す分析を説明構築と呼ぶ。また、特定のケースでわかったことから、他の場所や組織にも適用できる説明を導くことを分析的一般化と呼ぶ。

6. 結論と根拠を書く

分析を繰り返し、結論にたどり着いたら、問いへの答えと根拠を報告する。この例であれば、以下のようにまとめられる。

問い合わせAでは、月曜朝に回答案ができていたが、責任者の確認を受けるまで送信できなかった。責任者が外出して確認できず、代行者もいなかったことが、担当者と責任者の話、業務手順、勤務予定から判明した。責任者が外出していなかった問い合わせBの確認待ちは10分だった。これらの証拠から、Aへの回答の遅れには、責任者が確認できず、代行者もいなかったことが関わっていたと判断する。

結論ごとに根拠にした資料と該当箇所を記録しておく。また、その証拠からなぜそう判断したかを分析メモに残す。こうして、結論から分析メモ、元の記録へと根拠をたどれるつながりを、証拠の連鎖と呼ぶ。

7. 探索、記述、説明の違い

知りたいことによって、研究の目的は変わる。Yinは、目的の違いから、探索的、記述的、説明的ケーススタディを区別している。

探索的ケーススタディでは、後の研究で調べる問いや調べ方を見つける。たとえば、窓口で何が問題かわからないなら、仕事を観察し、関係者の話を聞く。そこで、確認待ちが問題だとわかれば、それを次の研究質問にする。

記述的ケーススタディでは、実際に何が行われているかを明らかにする。窓口の例であれば、受付から送信までの手順、関係者の役割、問い合わせごとの違いなどを整理して、仕事の進め方を具体的に示す。

説明的ケーススタディでは、出来事の経過や結果が生じた理由を調べる。窓口の例であれば、なぜ確認待ちが長くなり、回答が遅れたかを調べた研究がこれに当たる。考えた理由が実際の経過を説明できるか、別の理由でも説明できないかを証拠から確かめる。

8. 自分の研究計画に書き換える

自分のケーススタディを始めるときは、問い、対象、考えられる答え、必要な証拠などを短く書く。窓口の例なら、以下のような草案になる。

研究質問:問い合わせへの回答が遅れるのはなぜか。
ケースと範囲:A社の顧客対応窓口で、ある1か月に受け付けた問い合わせ。
検討する説明:責任者の確認待ちによって、完成した回答案の送信が遅れる。
必要な証拠:対応履歴、回答案、業務手順、関係者の説明、業務観察。
分析:問い合わせごとに、どこで時間がかかったかと、その間に何が起きたかを整理する。
別の理由の検討:案の作成時間や問い合わせの多さでも、遅れを説明できるかを調べる。
判断の基準:考えた説明で記録された経過を説明できるかを確かめる。証拠が足りなければ判断を保留する。

付録:プロトコルのテンプレート

以下は、研究の概要、データ収集の手順、研究者が調べる問いと分析計画、報告の構成を記入するためのテンプレートである。Yin(2018)の第3章の四つの構成要素に、設計と分析の項目を加えている。第8節で作った草案を書き込む。未確認の項目は、何を確認すれば埋められるかを書いておく。

本調査の前に、小規模な調査で問い、資料の集め方、記録の取り方を試すことをパイロット調査と呼ぶ。そこで見つかった問題をもとに、計画を見直す。

研究の概要

研究目的と問い

研究題目:
研究目的:
先行研究で説明できていること:
この研究で明らかにすること:
中心となる研究質問:
必要な補助質問:
ケーススタディを選ぶ理由:
成果を読む人と利用目的:

「ケーススタディを選ぶ理由」には、何を知りたいかと、実際の活動をその場で調べる必要がある理由を書く。実験のように、条件を変えて結果を比べることができるかも考える。ほかの方法で得られる答えと比べ、ケーススタディで何を明らかにできるかを説明する。

ケースと調べる範囲

ケースとして扱う対象:
調べるケースの数:
ケースの内部で個別に比較するもの(例:問い合わせ):
対象期間:
対象組織、場所、活動:
ケースに含める人や出来事:
ケースの外にあるが、調べる必要がある関係者や状況:
対象外とする範囲と理由:

話を聞く人数とケース数を区別する。一つの窓口をケースとして調べるなら、担当者と責任者に話を聞いても、二つのケースを調べているわけではない。個々の問い合わせを比較する場合は、その結果から窓口の仕事の進め方をどう説明するかも考える。

ケースの選定

候補ケース 研究上の選定理由 命題に関係する条件 予測する結果 証拠へのアクセス
[ケースA] [理論の検討、日常的な状況、時間的変化など] [条件] [結果や過程] [資料、観察、協力者]
[ケースB] [複数ケースの場合に記入] [条件] [結果や過程] [資料、観察、協力者]

複数ケースでは、各ケースでどんな結果を予測し、なぜそう考えるかを書く。同様の結果を予測する追試(literal replication)か、理論から考えて異なる結果を予測する追試(theoretical replication)かを明記する。協力を得やすいこととは別に、そのケースを選ぶ研究上の理由を説明する。

命題と競合説明

記入項目 内容
検討する命題や暫定的な説明 [どの条件で、何が起こると考えるか]
その説明を支える先行研究 [文献と関係する知見]
支持する証拠の予測 [説明が成り立つなら観察されること]
反する証拠の予測 [説明の修正や棄却が必要になること]
競合する説明 [別の理由でも同じ結果が生じる可能性]
説明を区別する証拠 [どの説明が実際の経過を説明できるかを判断する資料]

命題を置かない探索的研究では、何を調べ、何がわかれば目的を達したと判断するかを書く。調査から命題を作る場合は、どの証拠から、どんな理由でその命題を考えたかを残す。

データ収集の手順

アクセスと参加者への説明

調査先との連絡方法と必要な許可:
資料を使える範囲:
参加者への説明内容と同意の取り方:
録音、撮影、引用の条件:
匿名化する対象と方法:
原資料の保管場所とアクセス権:
保管期間と削除方法:
所属機関の倫理審査などへの対応:
研究者の役割と、調査対象との関係:

収集予定と代替手段

証拠源 収集するもの 入手先と方法 収集時期 制約と代替手段
文書 [規程、議事録など] [入手先] [時期] [欠落、公開範囲など]
保存記録 [履歴、件数、時間など] [入手先] [時期] [定義や保存範囲など]
インタビュー [経験や出来事の説明] [役割や選定理由] [時期] [記憶、協力の可否など]
観察 [会議、活動など] [観察方法] [時期] [観察可能な範囲など]
その他 [必要な証拠] [入手先] [時期] [制約]

証拠源は、問いを確かめるために必要なものを選ぶ。同じ出来事を複数の資料や話から確かめられるように、証拠源を組み合わせる。反対意見を持つ人の話や、予測に合わない出来事の資料も得られるかを確認する。

記録とデータベース

証拠IDの付け方:
分析に使った原資料の該当箇所を記録する方法:
出所、取得日、該当箇所の記録方法:
観察事実と研究者の解釈を区別する方法:
転記、要約、コード付けの確認方法:
収集できなかった資料と、その理由の記録方法:

証拠台帳には、元の資料を探すための情報を残す。保管する資料と、報告で公開できる資料の範囲は分けて管理する。

証拠ID 種類と出所 取得日 該当箇所 関連する問い 制約
[D001] [資料名、作成者] [日付] [頁、行、時刻など] [RQ1] [欠落や利用条件]

パイロットと設計変更

パイロットで確認すること:
実施するケースや場面:
問い、収集、記録、分析について修正したこと:
本調査の途中で変更を検討する条件:
変更の理由と影響を記録する場所:

研究者が調べる問いと分析計画

プロトコルの問い

研究者が確かめること 必要な証拠 想定する証拠源 反証や競合説明の確認
[どの段階で時間がかかったか] [受付から回答までの経過] [対応履歴、観察、関係者の説明] [記録の定義、記録に残らない作業]
[結果が生じたのはなぜか] [原因と考える出来事、その後の変化] [時系列の資料、当事者の説明] [ほかの原因でも説明できるか]

この表には、研究者が調査で答える問いを書く。インタビューでは、相手が実際に経験したことを話せる質問に変える。「なぜ確認待ちで遅れたのですか」と理由を決めつける質問は避け、「この問い合わせを受けてから回答するまでを教えてください」と尋ねる。

分析の進め方

調べる概念と、それを捉えるための証拠や指標:
記録の整理方法:
比較するものと、比較で確かめること:
各ケースについて整理する経過や特徴:
個々の出来事の比較から、ケース全体について何を説明するか:
ケース間で比較する説明と条件(複数ケースの場合):
支持、反証、未決を判断する基準:
当初の命題を修正した履歴の残し方:

次の分析表には、主張ごとに、使った証拠と、そこから判断した理由を書く。

主張や暫定的な説明 支持する証拠ID 反する証拠ID 競合説明との比較 判断と理由
[主張1] [D001、I002] [反する証拠ID] [別の理由でも同じ経過を説明できるか] [支持、修正、未決など]

質の確認

報告の暫定的な構成

1 研究上の問題、研究質問、理論的な位置づけ
2 ケースの定義、境界、選定理由
3 収集と分析の方法、研究者の立場
4 ケースの背景と、問いに関係する出来事
5 分析結果、競合説明、反する証拠
6 研究質問への回答、分析的一般化、限界
付録 プロトコル、証拠源の一覧、分析の補足

この構成は、説明的ケーススタディを想定した一例である。探索的研究や記述的研究では、目的に合わせて変える。

読者が結論を判断するために本文へ載せる証拠:
主要な情報提供者に確認してもらう箇所と方法:
事実や解釈の食い違いが残った場合の扱い:
公開時の匿名化と、証拠の利用条件の確認方法:
一般化する概念や命題、その適用条件:
問いに答えるために必要な調査を行ったと判断する根拠:

参考文献と参照箇所

Yin, R. K. (2018). Case study research and applications: Design and methods (6th ed.). SAGE.

論点 原典の参照箇所
定義、適する問い、研究の目的 第1章「Getting Started」、巻末用語集
問い、ケース、命題、証拠と判断の対応、一般化 第2章「Designing Case Studies」
プロトコル、パイロット、調査の準備 第3章「Preparing to Collect Case Study Evidence」
証拠の照合、保存、証拠の連鎖 第4章「Collecting Case Study Evidence」
説明の修正、競合説明との比較 第5章「Analyzing Case Study Evidence」
報告 第6章「Reporting Case Studies」

このガイドは、Yinが説明する研究設計と証拠の扱い方をもとにしている。窓口の出来事、発言、記録は、方法を説明するための仮想例である。ケーススタディには、当事者が出来事をどう受け止めたかを重視する研究など、ほかの立場もある。