8. 用語と文のつながりを整える
日本語の文を直すときは、何をどの順番で説明しているかを確かめる。用語の意味、修飾する語の関係、文どうしのつながりを整えると、読者が説明を追いやすくなる。語順を変えたり文を分けたりする際も、判断の主体と、述べた範囲や条件を保つ。主語と文末の選択は第7章でも説明している。
8.1 同じ概念を同じ名前で呼ぶ
「課題との関連性」「有用性」「重要性」を原稿の中で使っていたら、それぞれが同じ意味か、違う意味かを確認する。「課題との関連性」を「有用性」に変えると、「課題に関係するか」から「役に立つか」へ、判断する内容まで変わりうる。同じ意味なら名称をそろえ、違う意味ならどこが異なるかを説明する1。名称を修正した場合は、本文とともに定義、図表、要旨、結論も見直し、同じ概念を追えるようにする。
名称をそろえる前に、その語をどの意味で使うかを読者と共有する。日常語と専門語のどちらにも使われる語や、自分で作った語には、初出で定義を添える2。読者と書き手で理解がずれる可能性を減らすためである。たとえば「利用」を、閲覧したことと、レポートの根拠として引用したことのどちらに使うかで、研究の結果は変わる。想定読者に共有されている意味まで説明し直す必要はないが、研究の問いや結論を左右する区別は省かない。
ただし、参加者の言葉まで著者の概念名にそろえると、発言の意味が変わってしまう。参加者が「役に立つ」と話したなら、引用でもその表現を保つ。その言葉を「課題との関連性」と解釈する場合は、引用の外で、どのような意味からそう読み取ったかを説明する。
8.2 「本研究」が指す範囲をそろえる
概念名と同じように、「本研究」が指す範囲もそろえる。複数の研究を扱う原稿で、この語が個別の調査と研究全体を交互に指すと、どの資料にもとづく結果かが分からなくなる。「研究1では」「追加分析では」「両研究の結果を比較すると」と、説明の対象が切り替わるところで書き分ける。同じ対象を論じている間は、毎文その名前を繰り返す必要はない。
論文内で用語を定める場合は、「本論文では〜と呼ぶ」と書けば、著者による定義だと示せる。この定義は、参加者がその名前を使っていたという報告とは異なる。用語を定めたのか、資料から発見したのかが分かるよう、主語と述語を選ぶ。
8.3 指示語が受ける内容を確かめる
「この結果」「この違い」といった指示語を使えば、同じ説明の繰り返しを減らせる。ただし、次の例では「この違い」が二通りに読める。
学生AとBは、文献を選ぶ基準も、提出期限までの日数も異なっていた。この違いを詳しく調べた。
調べたのは、基準の違いだろうか、それとも日数の違いだろうか。基準を指すなら「選択基準の違いを詳しく調べた」と書く。指す候補が複数あるときは、その対象を具体的に書いた方が伝わる。
指す内容が明確だった文も、段落の移動や説明の追加で曖昧になることがある。「この結果」の直前に別の結果を加えたら、指示語の対応を確かめ直す。特に結論へつながる文では、受ける結果が変わることで、根拠を取り違えた文章になっていないかを見る。
8.4 名詞の間にある動作と関係を示す
名詞が続く文では、誰が何をしたかが見えにくくなる。「学生の文献選択過程の比較を実施した」と書くと、何を比べたかを読者が補うことになる。実際に比べたのが判断の手がかりなら、「筆頭著者は、学生がどの情報を手がかりに読む文献を絞ったかを比べた」と書ける。これなら、文献を選んだ学生と、その選び方を比べた著者、それぞれの動作が分かる。
名詞は概念を短く正確に示すためにも使えるので、動詞へ一律に置き換える必要はない3。「選択基準」を毎回別の言葉で説明すると、同じ概念を追いにくくなる。定義した専門用語を保ちながら、その周囲を助詞と動詞でつなぎ直せば、概念の精確さと、動作や関係の分かりやすさを両立できる。
「の」でつないだ名詞では、動作の主体と対象を見分けにくくなることがある4。「参加者の評価」は、参加者が行った評価とも、参加者に対して行われた評価とも読める。前者なら「参加者による評価」、後者なら「参加者に対する評価」と書ける。評価したのが誰で、何を評価したのかを確かめてから直す。
8.5 一文に新しい説明を詰め込まない
一文を読み終えるまでに、調査、結果、解釈が次々に出てくると、読者はそれらの関係を整理しながら読むことになる。何を報告し、どこから判断へ進んだかが分かるところで文を分けると、説明を追いやすくなる5。次の文では、三つの内容を一文にまとめている。
筆頭著者は、学生が文献を選んだ理由をインタビューで調べて比較したところ、期限が近い場合には入手しやすさを優先したという語りが得られたため、課題との関連性だけでは文献選びを説明しきれないと考えた。
調査と比較、得られた語り、そこからの解釈を分けると、次のように書ける。
筆頭著者は、学生が文献を選んだ理由をインタビューで調べ、語りを比較した。期限が近い場合には、入手しやすさを優先したという語りが得られた。この語りから、課題との関連性だけでは文献選びを説明しきれないと考えた。
分けた後も、「期限が近い場合」という条件と、著者の判断を示す「と考えた」を残している。「この語りから」によって、結果と解釈の関係も示している。文を短くするときは、このような条件やつながりまで削らない。
長さだけで分割を決める必要はない。二つの条件を対比する文などは、一文にまとめる方が関係をつかみやすい場合もある。長い文を保つなら、何と何を比べる文かを早めに示し、説明の途中で別の話題へ移っていないかを確かめる。
8.6 修飾する語とその対象を近づける
修飾する語が何にかかるかによって、同じ文でも意味が変わる6。「オンラインで収集した新しい授業に関する学生の発言を分析した」では、長い修飾を読み終えるまで、収集したものが授業なのか発言なのかを見定めにくい。収集したのが学生の発言なら、次のように直せる。
新しい授業に関する学生の発言を、オンラインで収集して分析した。
「オンラインで収集して」が発言を収集した方法だと分かる。反対に「新しい」が授業ではなく発言の新しさを指すなら、別の表現が必要になる。修飾語を動かす前に、何の性質や条件を説明する語なのかを決める。
助詞も、語句の関係を示す手がかりになる7。「研究者が学生が選んだ文献を分類した」は、「が」が続き、誰が選び、誰が分類したかを読み取りにくい。研究者が分類し、学生が文献を選んだことを示すなら、次のように書ける。
研究者は、学生が選んだ文献を分類した。
この文の「は」は、研究者について何をしたかを文末まで説明する手がかりになっている。「学生が選んだ」は文献を説明する部分である。「は」と「が」を機械的に置き換えず、その語がどの述語につながるかを確かめる。読点を増やすだけで解決しにくい場合は、説明する対象を先に示すか、文を分ける方法も考える。
8.7 前の文で分かったことから説明を進める
文どうしをつなぐときは、前の文で取り上げた対象を次の文で受け、新しい情報を加える8。たとえば、次の二文は、二文目の最後まで読むと、方法の説明が判断の手がかりだったと分かる。
学生Aは、候補に挙げた文献の方法の説明を読んだ。その文献の方法を課題の調査に使えるかを判断するための手がかりとして、その説明を利用していた。
前の文で出てきた「方法の説明」を先に受けると、何について述べる文かを早く示せる。
学生Aは、候補に挙げた文献の方法の説明を読んだ。その説明を、文献の方法を課題の調査に使えるかを判断するための手がかりとして利用していた。
「その説明」は直前の方法の説明を指すので、この例では同じ語句をすべて繰り返す必要はない。一方、新しい分類や複数の項目を初めて示す場合は、全体を先に紹介してから細部へ進む。「確認した項目は三つある」と示し、その三つを並べれば、読者は何の項目を読んでいるかを保ちやすい。
8.8 接続詞で文どうしの関係を示す
接続詞は、前後の文が追加、対比、理由、帰結のどの関係にあるかを知らせる9。語尾が続くのを避けるために選ぶのではなく、何を前の説明に加える文かを確かめて選ぶ。
| 文の関係 | 接続する表現の例 | 書き方の例 |
|---|---|---|
| 同じ対象への追加 | また | Aは要旨を確かめた。また、方法の説明も読んだ。 |
| 同じ観点での対比 | 一方 | Aは課題との関連を重視した。一方、Bは入手しやすさを重視した。 |
| 予想と異なる展開 | しかし | Aは要旨を読めば使う文献を決められると考えていた。しかし、読んでも判断できない場合があった。 |
| 理由の説明 | 〜からである | 発言を場面ごとに整理した。選び方と、そのときの状況を対応させられるからである。 |
| 根拠からの帰結 | したがって | 資料には参加者の所属学年が記録されていない。したがって、この資料から学年別の人数は確認できない。 |
接続の助詞「が」は、対立を示す場合と、二つの内容をつなぐ場合がある。関係を明示したいときは、別の表現を選べる。「Aは要旨を読んだが、方法の説明も読んだ」で二つの行動を追加して報告するなら、表のように「また」でつなげられる10。
「したがって」を加えても、結論の根拠が増えるわけではない。前の文から後の文が言えるかは、接続詞の選択と別に点検する。単なる前後関係を「そのため」で結ぶと、原因と結果を述べた文として読まれるので、第6章の区別も確かめる。
複数の理由や基準を列挙するときは、先に何をいくつ並べるかを示す11。「第一に」と「第二に」で、理由と作業手順を混在させない。「文献を残した理由は二つある」と始めたなら、続く二つも理由として説明する。各項目の説明が長いときは、「第二の理由は」と受け、何の列挙が続いているかを読者に示す。
8.9 比較する基準と否定する範囲を明確にする
「多い」「大きい」「変わった」と書くときは、何と比べ、どの点を述べているかを添える12。たとえば「A群では要旨を読んだ学生が多かった」だけでは、学生の人数と、群内での割合のどちらを比べたかが分からない。同じ質問で要旨の利用を尋ねた二群の、架空の結果を考える。
| 群 | 要旨を読んだ人数 | 群の人数 | 読んだ学生の割合 |
|---|---|---|---|
| A群 | 8人 | 10人 | 80% |
| B群 | 12人 | 20人 | 60% |
この場合、読んだ人数はB群の方が多いが、群内の割合はA群の方が高い。「A群では、要旨を読んだ学生の割合がB群より高かった」と書けば、比較した内容を示せる。割合を使う場合も、分母となる人数と、誰に何を尋ねた数値かを添える。質的な違いを述べる場合も、「二人の基準は異なった」で終えず、何を重視したかを示す。
否定を含む文では、何をどこまで否定しているかも確かめる13。「学生は全員要旨を読んでいなかった」では、読んだ学生が一人もいなかったのか、読まない学生もいたのかが曖昧になる。前者なら「要旨を読んだ学生はいなかった」、後者なら「要旨を読まない学生もいた」と書き分ける。
こうした表現を直すには、元の資料でどちらが確かめられたかを確認する。読まなかった学生の発言だけを示しているなら、全員が読まなかったとは言えない。日本語として文の形が整っていても、対象や範囲が資料に合うかまで点検する。
8.10 英語の草稿を日本語へ組み替えるときも対応を保つ
英語の草稿を日本語へ直す際にも、条件がどの説明にかかるかを保つ。たとえば原文で、「期限が迫った場面では」という条件のもとに、二つの選び方が説明されていたとする。二文に分けて訳すなら、二文目にも「その場面では」と添えるなど、両方が同じ条件での説明だと分かるようにする。訳し終えたら原文と比べ、条件が抜けたり、別の文にかかったりしていないかを確かめる。
専門用語の訳語を選ぶ場合は、原文でその概念が何を含むかを確かめる。身近な語へ置き換えて範囲が変わるなら、定義を補い、必要に応じて初出に英語名や略称を示す。以後も同じ表記を用いれば、翻訳後の文章を通して同じ概念を追える。
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用語の統一と視点について、『日本語スタイルガイド』第2版を参照。ここでは、論文の概念と引用を保つための点検として用いている。 ↩
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読み手との理解がずれる語を定義する考え方について、石黒(2015)、第10章第2課を参照。 ↩
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名詞化による簡潔さと、名詞が連続する場合の曖昧さについて、石黒(2015)、第13章第12課を参照。 ↩
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名詞を「の」でつないだ際の主体と対象の曖昧さについて、石黒(2015)、第14章第13課を参照。 ↩
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文の構造を予測できる語順と、複数の前提情報を分ける方法について、石黒(2015)、第14章第14課を参照。本文の分割例は、このガイドで作成した。 ↩
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修飾語と修飾される語の関係と語順について、福地と園山(2019)、TOPIC 3.10、石黒(2015)、第14章第13〜14課を参照。 ↩
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文の中の「は」と「が」の働きについて、石黒(2015)、第14章第14課を参照。助詞の選択は、前後の文脈や何を強調するかにもよる。 ↩
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前提情報から新しい情報へ進む語順について、石黒(2015)、第14章第14課を参照。 ↩
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接続詞の働きについて、石黒(2015)、第15章第17課を参照。表の例は、本ガイドの作例に合わせて作成した。 ↩
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接続助詞「が」の複数の働きについて、福地と園山(2019)、TOPIC 3.5を参照。 ↩
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予告と列挙する内容の対応について、石黒(2015)、第15章第18課を参照。 ↩
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数量や比較の基準、変化の内容を明示する考え方について、石黒(2015)、第14章第15課を参照。人数と割合の対比は、本ガイドの架空例である。 ↩
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全部否定と部分否定を含む複数の解釈について、石黒(2015)、第14章第13課を参照。本文の例は、このガイドで作成した。 ↩