1. 論文では何を説明するのか
調べた内容をまとめるレポートでは、資料を正確に理解し、整理して伝えることが中心になる。研究論文では、その資料を使って自分の問いに答え、なぜその答えが言えるのか、先行研究に何を加えるのかまで説明する1。
たとえば、職場の打ち合わせを調べた資料なら、調査内容の報告から問いへの答えへ、次のように進められる2。
| 書くこと | 例 |
|---|---|
| レポートで調査内容を報告する | 打ち合わせの参加者Aは、他部署の状況が分かり、相談するタイミングをつかみやすくなったと話した。 |
| 論文で問いへの答えを示す | 打ち合わせで得た情報は、Aの仕事にどう使われていたか。Aの語りからは、他部署の状況を知ることが、相談のタイミングを判断する手がかりになっていたと読み取れる。 |
後者では、Aの発言を「得た情報を仕事でどう使ったか」という問いに答える根拠として用いている。その答えを読者が検討できるようにするには、発言のどこを読み取ったかを示し、先行研究の説明と比べて何が言えるかを論じる必要がある。
1.1 主張と根拠は解釈によって結びつく
先ほどの「相談のタイミングを判断する手がかりになっていた」という答えを、Aの発言に戻って確かめる。毎週の打ち合わせについて、インタビューでの発言が次のようなものだったとする。
他部署が今何をしているのか分かるので、相談を持ちかけるタイミングをつかみやすくなりました。
この発言では、「他部署が今何をしているのか分かる」が、得られた情報を表している。Aはその情報を、「相談を持ちかけるタイミングをつかみやすくなった」という使い道に結びつけている。そのため、情報の使い道を相談の判断として説明できる。「情報共有がよくなった」とだけまとめるよりも、何が変わったとAが捉えていたかを具体的に示せる。
ただし、この発言が支えるのはAの経験についての解釈である。職場全体で同じ変化が生じたか、打ち合わせがその変化を生んだかは、別に確かめなければならない。「Aは情報を相談の判断に利用できたと捉えていた」と「打ち合わせが職場の情報共有を改善した」では、主張の範囲も、それを支えるために必要な資料も異なる。
原稿を点検するときも、主張から資料へ戻り、どこまで説明できるかを確かめる。資料はあるのに読み取り方が書かれていなければ、その説明を補う。資料自体が主張を支えないなら、主張の範囲や根拠を見直す。吉岡(2015)が区別する説明の不足と根拠の不足は、このように修正の仕方も異なる3。
1.2 先行研究との関係が著者の主張を明確にする
Aの経験を「届いた情報を仕事の判断に利用できた」と捉えると、情報が届いた後の使われ方が論点になる。仮に先行研究が情報を相手に届けるまでの過程を扱っていたなら、その説明に対して、届いた情報が仕事でどう使われたかを加えられるかもしれない。こうして自分の解釈を先行研究と比べると、既存の理解をどこまで受け入れ、どこを補足するのかが明らかになる。
この例で、情報の伝達と利用を区別したのが今回の論文の著者なら、その区別も著者自身の整理として書く。先行研究が提示した区別であるかのように書けば、誰がどこまで論じたかが変わってしまう。佐渡島と吉野(2021)も、複数文献をまとめる言葉が、それぞれの内容に合うかを確かめることを重視している4。
先行研究がすでに伝達と利用の違いを説明している場合には、その説明を示したうえで、Aの語りが何を補足できるかを検討する。比較を進めた結果、当初考えたほど新しいことは言えないと分かる場合もある。その場合も、資料から言えることと先行研究に負う部分を書き分ければ、読者は著者の判断をたどって確かめられる。