4. 文献調査で研究を洗練する
第3章では、文献調査の出発点として研究問題・目的・RQの仮案を作り、意義も仮置きしました。この章では、その仮案を裏づける文献だけを探すのではなく、先行研究で何が分かっており、どのような説明や前提が置かれているかを確かめます。文献を研究群として整理し、3点のつながりと意義を見直します。あわせて、ギャップを埋める以外の問いの作り方も扱います。
4.1 先行研究を「列挙」ではなく「地図」にする
まず、第3章で作ったRQから、検索とレビューの軸になる重要なフレーズを抜き出します。3.1の例なら、「分散チーム」「相互作用」「意思決定の集中」です。それぞれのフレーズについて、先行研究でどのような用語や定義が使われ、何が分かっているかを確認します。検索するときは、同義語や関連する概念にも広げます。最初の案を支持する文献だけでなく、その捉え方と食い違う研究や、別の説明を示す研究も探します。
文献レビューでは、論文を1本ずつ順番に紹介するのではなく、共通する問い、理論、知見、方法をもつ文献をまとめて比べます。このまとまりが「研究群」です。研究群どうしの一致や違いを示すと、研究領域の全体像と、そのなかでの自分の研究の位置が見えてきます(Turabian, 2018, 第6章; Glasman-Deal, 2021, Unit 1)。
研究群を作るまでのメモの残し方には、いくつか選択肢があります。以下は任意の作業術なので、すべてを使う必要はありません。
文献本体とメモを分ける
文献の書誌情報と、入手したPDFなどの本文ファイルはZoteroに保存します。取り込まれた書誌情報が正しいとは限らないので、著者、年、タイトルなどは元の文献と照合します。
読書メモは、ZoteroのノートかObsidianなどの外部アプリのどちらかに置きます。Zoteroなら文献とメモを同じ場所で見返せます。Obsidianなら、複数の文献メモや自分のアイデアをつなげて整理しやすくなります。同じメモを両方に作ると更新箇所が増えるため、研究を始めるときに保存先を決めておきます。
1文献につき1つのメモを書く
すべての文献について大きな表を埋めるのではなく、1文献につき1つの短いメモを作ります。
文献:[著者・年・タイトル]
関係するRQ/フレーズ:
問い:
主張・主な知見:
根拠:[対象/データ/方法]
重要な概念:[必要な場合]
条件・限界:
自分の研究との関係:
引用候補:[引用箇所と、章・節・ページなどの位置]
すべての欄を無理に埋める必要はありません。自分の研究との関係がまだ分からなければ、「要検討」として残します。
落合陽一氏の6つの問いで読む
実験・技術系の論文を手早く整理したいときは、落合陽一氏が講義資料で示した論文のまとめ方も使えます。問いは次の6つです。
1. どんなもの?
2. 先行研究と比べてどこがすごい?
3. 技術や手法のキモはどこ?
4. どうやって有効だと検証した?
5. 議論はある?
6. 次に読むべき論文は?
この形式は、論文の概要だけでなく、先行研究との差、主張を支える方法、次の文献までを一度に整理できる点が便利です。
ここで作ったメモも、次の研究群ごとの統合に使います。
研究群ごとに統合メモを作る
文献メモが増えてきたら、共通する問い、理論、知見、方法をもつ文献をまとめ、研究群ごとに統合メモを作ります。ここでは個々の文献を要約し直すのではなく、一致している点、食い違っている点、まだ分かっていない点を比べます。
研究群:
関係するRQ/フレーズ:
関係する文献:
主要概念とその定義:
共通する問い・説明:
一致している知見:
食い違っている点:
よく使われる対象・データ・方法:
あまり扱われていない対象・データ・方法:
未解決点:
自分の研究との関係:
4.2 文献調査後に仮案を更新する
文献を整理したら、次の順で仮案を見直します。
- 研究問題:最初に抱いた疑問について、先行研究はどこまで答えているか。すでに分かっている点と、さらに検討すべき点は何か
- 研究目的:更新した研究問題に対して、この研究で何を明らかにするのか
- RQ:すべてのRQに答えれば目的を達成できるか。目的と関係のないRQが残っていないか
- 意義:RQに答えることで、誰の理解や判断がどう変わりうるか
研究問題・目的・RQが一続きになっているかを先に確認し、その答えにどのような意味があるのかを意義として確かめます。
変更した点だけでなく、変更しなかった点も、先行研究に照らして説明できるかを確かめます。最初の仮案に合わない知見が見つかった場合は、それを例外として片づけず、問題の捉え方や問いを変える必要がないか検討します。
RQを事前にどこまで固定するかは、研究デザインによって異なります。アクセスの確認に加え、必要な倫理承認を得た後のパイロットや、質的研究の初期データを踏まえて改訂することもあります。倫理承認後に変更する場合は、修正申請や再承認が必要かを所属機関の手続きで確認します。変更した理由と、目的、対象、データ収集、分析、倫理への影響も残します。
必要な答えの水準を見直す
何を「まだ分かっていないこと」とするかは、その問いについて先行研究がどこまで蓄積しているかによって変わります。
- 現象の実態が十分に分かっていなければ、まず何が起きているかを記述・探索します
- 傾向や関係は知られていても、その過程や理由が分からなければ、どのように、なぜ生じるのかを説明します
- 複数の説明が競合していれば、どの説明がデータに合うかを比較・検証します
- 因果的な判断が必要で、それを支えられる研究デザインを組めるなら、因果仮説を検証したり、因果効果を推定したりします
- 既存の説明が別の対象や条件でも成り立つか分からなければ、適用範囲や境界条件を確かめます
4.3 研究計画書の導入を組み立てる
研究計画書の導入では、先行研究に対して自分の研究をどこに位置づけるのかを示します。第4.2節で見直した仮案をもとに、研究の背景、先行研究で分かっていること、まだ十分に明らかになっていないこと、その意義と目的を、次のテンプレートで一続きにします。この流れは、研究アプローチを問わず使えます。ここでまとめた内容は、のちに研究計画書のイントロダクションになります(Creswell & Creswell, 2018, 第5章; Booth et al., 2016, 第4章; Turabian, 2018, 第2章)。
[現象]は[対象/社会/理論]にとって重要である。
先行研究は主に[知見A]と[知見B]を示してきた。
しかし、[不足・矛盾・前提]があり、[未解決の問題]はまだ十分に明らかになっていない。
この不足は[理論的・実践的帰結]をもたらす。
そこで、本研究の目的は、[対象・文脈]における[現象]の
[明らかにしたい側面]を明らかにすることである。
ギャップを探すだけで終わらない
先行研究を読んで「まだ研究されていない対象」を見つけるのは、最初の問いを見直す基本的な方法です。ただし、いつも「Xは研究されているが、Yでは研究されていない」という形だけで問いを作ると、対象を入れ替えて既存研究に小さな項目を足すだけになりがちです。研究として間違いではありませんが、そればかりでは、問いが予定調和になり、研究は面白くなりにくいでしょう。
AlvessonとSandbergは、このように先行研究の不足を探して埋める方法をギャップ・スポッティングと呼んでいます。ギャップ・スポッティングは知識を着実に積み上げる一方、既存研究の前提をそのまま引き継ぎやすく、意外性のある問いや理論につながりにくいと指摘しています(Alvesson & Sandberg, 2013, 第3〜4章)。
ギャップにもいくつかの型がある
ギャップを手がかりに問いを更新する場合も、単に「研究がない」で済ませず、何が不足しているのかをはっきりさせます。
- 未検討:重要な対象、条件、時点、概念が、まだ扱われていません
- 不一致:知見や理論的な予測が食い違っています
- 説明不足:相関や現象は知られていますが、その過程・機序・意味は明らかになっていません
- 方法上の制約:測定、標本、デザイン、分析の問題によって、導ける結論が限られています
- 文脈・境界条件:既存の説明が、別の集団・制度・地域・時期にも成り立つかどうかが分かっていません
- 見落とされてきた視点:特定の当事者や少数者の経験・知識が、これまで十分に扱われていません
空白を見つけたら、それを埋めることで理解がどう変わるのかまで考えます。新しい対象への適用を提案する場合も、「その対象はまだ研究されていない」だけでは足りません。既存の説明がその対象でも成り立つのか、その文脈だからこそ何が見えるのかを示します。
当たり前とされている前提を問い直す
もう一つの方法は、先行研究が当然としてきた前提そのものを問い直すことです。AlvessonとSandbergは、これを問題化と呼びます。何もかも否定するのではなく、現象の見え方を狭めている前提を見つけ、別の見方ができないかを考えます。
前提を問題にする場合は、次の順に検討します(Alvesson & Sandberg, 2013, 第5章)。
- 対象とする文献領域を定め、代表的な文献や影響力のある文献を選びます
- 当然とされているものの、明記されていない前提を言葉にします
- どの前提を問い直す価値があるかを選びます
- 現象を別の仕方で理解できる前提(代替前提)を考えます
- その問いが、読者、当事者、学問分野にとってどのような意味を持つかを考えます
- その代替前提が、単に新しいだけでなく、妥当であり、研究を前に進めるものかを評価します
実際には、この手順を行き来しながら考えます。問題化は、奇抜さを競うものでも、研究領域の前提をすべて否定することでもありません。既存研究を公正に理解したうえで、最初の問いを見直し、必要なら別の問いに作り替えます。
ギャップを見つける方法と、前提を問題化する方法のどちらか一方だけを選ぶ必要はありません。重要な未検討領域を記述する研究や、既存理論がどこまで当てはまるかを確かめる研究では、ギャップに基づく問いが適切です。一方、既存の説明では現象の大切な部分が見えなくなっていると感じたら、その説明が置いている前提を問い直します。研究の目的に合わせて選び、必要なら組み合わせます(Alvesson & Sandberg, 2013, 第4・8章)。
ここまでで、研究問題・目的・RQのつながりと意義を見直し、導入の骨組みを作りました。次章では、更新したRQから研究アプローチを選びます。
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