第5章 賃金を払っても利益が残るわけ

賃金を約束どおりに払っても、会社には利益が残る場合があります。マルクスが説明しようとするのは、賃金をごまかす会社だけの話ではありません。労働力をその価値どおりに買い、できた商品も価値どおりに売ったとして、どうして増え分が生まれるのでしょうか。前の章で区別した働く力の価値と、実際の仕事が生む価値の差を調べましょう。

工場の一日を計算してみよう

架空の食品工場で、一人の働き手が担当する一日分の生産を考えます。その日に使い切る材料と、消耗する設備の価値を合わせて6万円とします。一日分の労働力の価値と、それに等しい賃金を2万円と仮定します。8時間の労働で新しく作られる価値は4万円とします。技術や作業の条件は社会で一般的なものとし、実在の工場の金額を表す数字ではありません。

6万円の材料や設備には、それらを作るための過去の労働が表れています。材料を食品に変える仕事によって、その価値はできた商品に引き継がれます。設備は丸ごとなくなるわけではないので、その日に消耗した分だけを数えています。機械の購入額すべてを毎日の商品に足すのではありません。

そこへ今日の労働が4万円の新しい価値を加えます。商品の価値は、移された6万円と新しく加えた4万円を合わせた10万円です。

商品の価値10万円は材料や設備から移る6万円と、新しい労働が加える4万円で構成されます。

図5.1: 商品の価値10万円は材料や設備から移る6万円と、新しい労働が加える4万円で構成されます。

図の4万円に賃金2万円をもう一度足して、12万円にしてはいけません。賃金は材料と同じように商品の価値へそのまま移るものではありません。新しい価値4万円のうち2万円が労働力を買うための支出を補い、残り2万円が剰余価値になります。

全部の商品を価値どおりの10万円で売れば、材料・設備6万円と賃金2万円を補ったあとに2万円が残ります。式で確かめると、10万円-(6万円+2万円)=2万円です。

材料や設備への支出は、使われた分の価値を商品に移します。労働力への支出は、その額を超える価値を生む能力を動かします。この役割の違いにもとづいて、資本を二つに分けます1。生産に必要なことと、新しい価値を加えることを区別しています。

賃金と生み出す価値の差

働く力を日々保つための価値が2万円だからといって、その力は2万円分を生むところで必ず尽きるわけではありません。さらに働ける時間があるため、この例では4万円の価値を生みます。

労働が生む新しい価値4万円は、労働力への支出を補う2万円と剰余価値2万円に分かれます。

図5.2: 労働が生む新しい価値4万円は、労働力への支出を補う2万円と剰余価値2万円に分かれます。

この生産関係では資本家が生産手段を用意し、労働力を買って仕事をさせます。できた商品は資本家のものになり、働く人には契約した賃金が支払われます。働く人が生んだ価値のうち、賃金を補う分を超えた部分を資本家が取得する関係を、マルクスは「搾取」と呼びます2。

日常ではひどい賃金や違法な未払いを指してこの言葉を使うこともあります。しかしここでは賃金が約束どおり支払われ、しかも労働力の価値に等しくても、この関係が成立しています。

8時間の仕事を二つに分ける

同じ例を時間で見ましょう。8時間で4万円を同じ割合で生むと仮定すると、一時間に生まれる価値は5000円です。賃金2万円に相当する価値を生むには、2万円を5000円で割った4時間が必要になります。この部分を「必要労働」、残り4時間を「剰余労働」と呼びます3。剰余労働の4時間も5000円ずつ価値を生み、合わせて2万円になります。

8時間の労働日は賃金に相当する価値を生む必要労働4時間と、剰余価値を生む剰余労働4時間に分かれます。

図5.3: 8時間の労働日は賃金に相当する価値を生む必要労働4時間と、剰余価値を生む剰余労働4時間に分かれます。

図は午前だけ賃金がつき、午後は無給になる契約を示していません。一日の契約どおりに賃金を受け取る仕事を、労働力への支出を補う部分と資本家の増え分になる部分に分けた図です。

会社が商品を売ったあと、支出を上回って残る分を見るときには「利益」という形になります4。例では価値どおりに売るので、剰余価値2万円と利益2万円が同額です。同じ商品を9万円で売ったとすれば、8万円の支出に対して残る利益は1万円になります。

競争による利益の分かれ方は第8章で調べます。次の章では、剰余価値を増やすために働き方がどう変わるかを考えます。


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  1. 材料や設備に出した資本の定訳は「不変資本」です(英語版:constant capital)。労働力に出した資本は「可変資本」です(英語版:variable capital)。価値の形成で果たす役割による区別で「不変」は材料の価格が固定されるという意味ではありません。 ↩

  2. 英語版:exploitation ↩

  3. 英語版:necessary labour、surplus-labour ↩

  4. 定訳は「利潤」です(英語版:profit)。剰余価値が資本全体から生まれた増え分として現れる形です。食品工場の例では同額になりますが、実際の企業の利潤とその企業の労働者が生んだ剰余価値が一致するとは限りません。 ↩