第4章 お金が資本になるとき
自作の小物を売り、そのお金で昼食を買うとしましょう。「小物→お金→昼食」と売買をつなげる目的は、欲しいものを手に入れることです。お金があれば、小物を欲しがる人と昼食を売る人が違っても交換できます。商品の価値を共通の単位で表し、売買をつなぐのがお金の働きです1。原著では金をお金の例にしています。本書の円は売買を考えるための例で、現代のお金の制度全体を説明するものではありません。
使うために買う、増やすために買う
事業をする側はお金を違う目的で使います。説明用に1万円で材料や働く力を買い、商品を作って売り、1万2000円を受け取ると仮定しましょう。お金から始めて、より多いお金に戻ることを目指しています。

図4.1: 左は小物を売って昼食を得る売買、右は1万円を生産と販売に使って1万2000円へ増やす運動です。
昼食なら食べて目的を果たせますが、お金を増やすことには同じような終わりがありません。戻った1万2000円を次の生産に使い、さらに増やせます。価値が形を変えながら動き、増えることを目指すとき、その価値を「資本」と呼びます2。金額の大きさだけで資本かどうかが決まるわけではありません。本書では生産の手段を用意して働く力を買い、資本を増やす側の人を「資本家」と呼びます。
安く買って高く売るだけでも、一人の手元のお金は増やせそうです。ただ、価値1000円の商品を2000円で売れば、売り手が余計に受け取った1000円分だけ買い手は少ない価値を受け取ります。もとの商品とお金を合わせた価値は増えていません。マルクスは社会全体に新しい価値が加わる理由を調べるために、価値どおりに買って売っても増え分が生まれるかを問います。ここからは先ほどの売買も価値どおりに行うとし、価値そのものの増え分2000円を「剰余価値」と呼びます3。その出どころを知るには、買ってから売るまでの間にある生産を見る必要があります。
バイトで売っているのは何?
現代の例として食品工場でアルバイトをする場面を考えましょう。工場の設備を使い、決められた時間に食品を作って賃金を受け取ります。自分で作った商品を持ち込んで売るのとは違います。体や頭を使って仕事をする能力を「労働力」と呼びます4。その能力を実際に使うことが「労働」です。雇う側は一定の時間その能力を使うために労働力を買い、仕事をしてもらいます。

図4.2: 労働力という働く能力を使うことが労働で、その結果として生産物ができます。
働く力を買うために払う額と、その力を使って生まれる価値は同じとは限りません。この差が次の章の計算につながります。では働く力そのものの価値は、何を目安に考えるのでしょうか。
働いた人は食事をし、休み、翌日も仕事ができる状態を保つ必要があります。マルクスは毎日働ける状態を保つのに必要な食べ物や衣服などの価値から、労働力の価値を考えます。食事や住まいだけでなく、仕事を覚える訓練や次の世代の働き手を育てる生活も関わります。何を普通の生活として必要とするかは、歴史や社会の習慣によっても変わります。

図4.3: 食事と休息、仕事の訓練、子育てを支える生活が労働力を保ち、次の世代へつなぎます。
働く側が受け取る賃金は労働力の価格として見ます5。ただし実際の賃金が必ず労働力の価値と等しいわけではありません。労働力の価値、その実際の価格、労働が新しく生む価値を分けて考えます。
売る相手は選べても売らずに暮らせない
資本家が労働力を買うには、それを売る人が必要です。売る人は誰かの所有物ではなく、自分の労働力を売る相手や期間を決められます。一方、自分で生産して暮らすための土地や設備、道具、材料などを十分には持っていません。こうした生産に使うものを「生産手段」と呼びます6。自分の労働力を売れることと、売らずに暮らす手段がないことが重なっています。服やスマートフォンなどの持ち物が一つもない、という意味ではありません。
この関係はいつの時代にも同じようにあったわけではありません。原著はイギリスで、農民が土地や共同で使う権利を失った歴史を追います。土地が囲い込まれて使えなくなれば、農民は働く能力を持ったまま、自分で生産して暮らす手段を失います。そこで生産手段を持つ相手に雇われ、賃金を得る必要が生じます。

図4.4: 土地や道具から切り離された人々が、暮らすために労働力を売る側へ移る過程です。
土地を失った人がすぐに仕事を得たわけではなく、原著は仕事を失った人を罰して賃労働へ向かわせた法律も調べます。植民地の略奪や奴隷貿易で集めた富が、資本に変わった過程にも目を向けます。資本家の勤勉さや働く人の怠け方だけでは、この分離の歴史は説明できません。こうした生産関係が成立する過程を調べるのが「本源的蓄積」の議論です7。
資本を増やす側と労働力を売って暮らす側が向かい合う条件は、歴史のなかで作られてきました。その条件のもとで労働力を買い、生産に使うと何が起きるのでしょうか。次の章では増え分の出どころを計算します。
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