3. 文献調査で研究を洗練する
先行研究を読むときは、自分の仮案に合う知見を集めるだけでなく、何が分かっていて、どこに食い違いや説明の不足が残っているかを確かめる。その違いによって、問いを残すのか、狭めるのか、作り直すのかが変わる。
3.1 文献を探し、メモに残す
まず、RQに書いた対象や文脈から、検索とレビューの手がかりになる言葉を抜き出す。2.1の例なら、「リモート環境のソフトウェア開発チーム」「意思決定」「やり取り」である。それぞれについて、先行研究で使われている用語や定義、これまでの知見を確認する。検索するときは、「分散チーム」「意思決定過程」「相互作用」などの関連語にも範囲を広げる。
文献が増えると、どの研究が何を示していたかを記憶だけで比べるのは難しくなる。その文献の主張と根拠、自分の研究との関係を短く文献メモとしてまとめておく。1文献につき1つ、次の形式で記録すると、比較に必要な情報を見返せる。すべての欄を無理に埋める必要はなく、自分の研究との関係がまだ分からなければ「要検討」として残す。
関係するRQ/フレーズ:
問い:
主張と主な知見:
根拠:[対象/データ/方法]
重要な概念:[必要な場合]
条件と限界:
自分の研究との関係:
引用箇所:[引用内容と章、節、ページなどの位置]
3.2 研究群ごとに文献を比べる
文献メモが集まったら、問い、理論、知見、方法などの共通点をもとに文献をまとめて比べる。このまとまりを研究群と呼ぶ。研究群どうしの一致や違いを示すと、研究領域の全体像と、そのなかでの自分の研究の位置が見えてくる(Turabian, 2018, 第6章; Glasman-Deal, 2021, Unit 1)。
研究群ごとに、個々の文献が一致している点、食い違っている点、まだ分かっていない点を、統合メモにまとめる。
研究群名:
関係するRQ/フレーズ:
関係する文献:
主要概念とその定義:
共通する問いや説明:
一致している知見:
食い違っている点:
よく使われる対象、データ、方法:
あまり扱われていない対象、データ、方法:
未解決点:
自分の研究との関係:
3.3 研究で確かめることを絞る
統合メモをもとに、自分の疑問について何が分かっていて、何をさらに調べる必要があるかを考える。先行研究に残る問題を確かめ、その問題にどのような答えが必要かを検討する。その際は、以下で説明する必要な答えの水準と、ギャップの捉え方に注意する。
必要な答えの水準を見直す
何を「まだ分かっていないこと」とするかは、その問いについて先行研究がどこまで蓄積しているかによって変わる。Punchは、知識の蓄積に応じて、記述と説明のどちらを重視するかを考えるよう勧めている(Punch, 2016, 第5章)。
- 現象の実態が十分に分かっていなければ、まず何が起きているか(What)を記述、探索する
- 傾向や関係は知られていても、その過程や理由が分からなければ、どのように、なぜ生じるのか(How / Why)を説明する
- 複数の説明が競合していれば、どの説明がデータに合うかを比較、検証する
- 因果的な判断が必要で、それを支えられる研究デザインを組めるなら、因果仮説を検証したり、因果効果を推定したりする
- 既存の説明が別の対象や条件でも成り立つか分からなければ、適用範囲や境界条件を確かめる
What、How、Whyは、必要な答えを考える手がかりである。記述にも説明にも研究上の価値があり、疑問詞によって研究の優劣が決まるわけではない。
ギャップを埋める意義を確かめる
「Xは研究されているが、Yは研究されていない」と分かれば、Yを調べる理由ができたように思える。しかし、対象を入れ替えても理解が変わらないなら、研究の意義はまだ十分に説明できていない。Yを調べると、既存の説明の何を確かめられるのだろうか。
先行研究の不足を探して埋める方法を、AlvessonとSandbergはギャップ・スポッティングと呼んでいる(Alvesson & Sandberg, 2013, 第3章)。
ギャップを手がかりに問いを更新する場合も、単に「研究がない」で済ませず、何が不足しているのかをはっきりさせる。
- 未検討:重要な対象、条件、時点、概念が、まだ扱われていない
- 不一致:知見や理論的な予測が食い違っている
- 説明不足:相関や現象は知られているが、その過程、機序、意味は明らかになっていない
- 方法上の制約:測定、標本、デザイン、分析の問題によって、導ける結論が限られている
- 文脈と境界条件:既存の説明が、別の集団、制度、地域、時期にも成り立つかどうかが分かっていない
- 見落とされてきた視点:特定の当事者や少数者の経験や知識が、これまで十分に扱われていない
3.4 文献を踏まえて仮案を更新する
ここまでの検討を、第2章の研究課題、目的、RQ、意義に反映する。次の4項目のつながりを確かめながら、仮案を更新する。
- 研究課題:最初に抱いた疑問について、先行研究はどこまで答えているか。すでに分かっている点と、さらに検討すべき点は何か
- 研究目的:更新した研究課題に対して、どの対象のどの側面を明らかにするのか
- RQ:各RQへの答えを合わせると、研究目的で掲げたことを明らかにできるか。目的と関係のないRQが残っていないか
- 意義:RQに答えることで、誰の理解や判断がどう変わりうるか
意思決定の例を文献から見直す
第2章の例では、特定のメンバーに相談が集まり、その人がいないと判断が滞ることを研究課題とした。この見立てを見直す手がかりとして、ソフトウェア開発を扱った次の2本を比べ、問いの更新に使ってみる。
| 文献 | 対象と方法、主な知見 | 自分の問いへの手がかり |
|---|---|---|
| Herbsleb & Mockus(2003) | 複数拠点でのソフトウェア開発を、変更管理の記録と調査データから検討した。変更作業に関わる人数と、その完了までの時間との関連を示している。 | 複数の人が関わる場面で、何を調整しているかを調べる。 |
| Moe, Aurum & Dybå(2012) | Scrumを導入した2社4プロジェクトを、インタビュー、参与観察、資料から調べた。共同での意思決定には、戦略、戦術、日々の業務の各水準で決定を整合させる課題があると論じている。 | チーム内の相談に加え、誰が何を決められるか、ほかの水準の決定を待つ場面があるかを調べる。 |
この比較を踏まえると、相談が特定の人に集まる理由を、その人が持つ知識と判断権限から検討できる。必要な情報を待っている場合と、権限を持つ人の承認を待っている場合では、待っているものが違う。そこで、必要な情報と判断権限が、決定までのやり取りでどう使われるかに着目する。
調べる範囲も、チームの意思決定全般から、機能の仕様変更を提案して採否を決めるまでに絞る。一件ごとに提案と決定を対応づけて追えるようにするためである。先行研究で扱う変更作業全体の完了時間とは、調べる範囲が異なる。仮案は、次のように更新できる。
研究課題:特定のメンバーへの相談が続くとき、必要な情報を待っているのか、
権限を持つ人の判断を待っているのかによって、停滞への対応は異なる。
決定までのやり取りを追い、何が待たれているかを確かめる必要がある。
研究目的:本研究の目的は、リモート環境のソフトウェア開発チームにおける仕様変更の意思決定の進め方および滞りのプロセスを、情報の共有と判断権限に着目して明らかにすることである。
RQ1 :仕様変更の提案から採否の決定までに、どのようなやり取りが行われるのか
RQ2 :各段階で誰がどの情報や判断権限を使って関わっているのか
RQ3 :どのような状況で意思決定が進み、または滞るのか
意義 :分散的な協働を、情報の共有と判断権限の関係から理解し、
知識の共有、承認の手順、不在時の対応を考える材料にする。
研究目的では着目する側面を、RQ1では扱う決定の種類を、RQ2では関与の中身を具体化した。RQ3は残し、情報や権限以外の事情も検討できるようにしている。
この2本だけから「このプロセスは未研究である」とは判断できない。実際の計画では、関連する近年の研究や引用文献も調べ、既存の説明でどこまで答えられるかを確かめる。
問いを変えた理由を残す
問いや仮説を変更したら、いつ、何をもとに変えたかを記録する。特に仮説を検証する研究では、事前に立てた予測と、結果を見てから考えた説明を区別する必要がある(Punch, 2016, 第4章)。
注意したいのは、倫理承認後に変更する場合である。修正申請や再承認が必要かを所属機関の手続きで確認する必要がある。変更した理由と、目的、対象、データ収集、分析、倫理への影響も記録する。
研究課題、目的、RQ、意義を見直したら、第4章で、文献を踏まえた導入の下書きを作る。
補足:文献とメモの保存先
文献の書誌情報と、入手したPDFなどの本文ファイルはZoteroに保存する。取り込まれた書誌情報が正しいとは限らないので、著者、年、タイトルなどは元の文献と照合する。
読書メモは、ZoteroのノートかObsidianなどの外部アプリのどちらかに置く。Zoteroなら文献とメモを同じ場所で見返せる。Obsidianなら、複数の文献メモや自分のアイデアをつなげて整理しやすくなる。同じメモを両方に作ると更新箇所が増えるため、研究を始めるときに保存先を決めておく。
補足:落合陽一氏の6つの問いで読む
実験や技術を扱う論文を手早く整理したいときは、落合陽一氏が講義資料で示した論文のまとめ方も使える。問いは次の6つである。
1. どんなもの?
2. 先行研究と比べてどこがすごい?
3. 技術や手法のキモはどこ?
4. どうやって有効だと検証した?
5. 議論はある?
6. 次に読むべき論文は?
「先行研究と比べてどこがすごい?」には論文が主張する違いを、「どうやって有効だと検証した?」にはその根拠を書く。違いと根拠を分けておけば、主張の大きさに見合う検証があるかを読み返せる。「議論はある?」には、限界や残る疑問も記録する。
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