第10章 値札の向こうで人がつながる

最初に見たおにぎりの値札へ戻ってみましょう。150円という数字だけでは、誰がどんな条件で働き、誰が利益を受け取るかはわかりません。ここまで私たちはその背後にある生産と雇用、競争、支払いの関係をたどってきました。それでも買い物では、品物とその値段に向かい合います。人々の仕事のつながりが、なぜ商品の値段という形で私たちの前に現れるのでしょうか。

注文画面には仕事が並んでいない

現代の例としてネット通販でノートを買う場面を考えましょう。注文画面には値段や評価が並びます。そのノートを作るには紙を作る人、印刷する人、商品を運ぶ人の仕事が必要ですが、画面ではその仕事は見えにくいです。

ただ、人の姿が見えないことだけが問題なのではありません。商品を別々に作る生産者は、社会全体で何をどれだけ作るかをすべて相談してから仕事を始めるわけではありません。それぞれが作ったものを売り、他の人が作ったものを買うことで、別々の仕事が結びつきます。米を作る側もノートを作る側も、売って得たお金で自分たちに必要なものを買えます。売買を通じて、互いの仕事の成果に頼って暮らしています。

おにぎりとお金の交換の背後で、米の生産者、食品工場、販売店の仕事が売買を通じて結びついています。

図10.1: おにぎりとお金の交換の背後で、米の生産者、食品工場、販売店の仕事が売買を通じて結びついています。

売れなければ生産者は量や作り方を見直さざるをえなくなる場合があります。第9章では、売れ方や支払いの変化が他の会社の仕事にも広がることを見ました。売買は代金を渡すだけの出来事ではなく、別々に行われた仕事が社会の必要にどれだけ合っていたかを、あとから知らせる働きもしています。

価値は重さと同じ性質?

ノートの重さや色は、その品物を調べれば確かめられます。しかし価値は、紙の中に同じように入っている性質ではありません。人々が別々に行った労働を商品交換のなかで比べるという、社会の関係から生じます。

ところが買い物では、その関係が商品の値段や交換の割合として現れます。ノートが300円でおにぎりが150円なら、ノート一冊とおにぎり二つが同じ額で買えます。この関係が繰り返されると、価値も重さや色と同じように、商品に初めから備わった性質のように見えます。人と人の仕事の関係を、品物そのものの性質として受け取りやすくなるのです。マルクスはこの見え方を「商品の物神的性格」として調べました1。

左は商品交換で人々の労働が比べられる関係、右は価値が品物に備わる性質に見えることを表します。

図10.2: 左は商品交換で人々の労働が比べられる関係、右は価値が品物に備わる性質に見えることを表します。

この言葉はブランド品が好きな人を批判するためのものではありません。作った人の名前を知りさえすれば解決する、という話でもありません。価値の成り立ちを理解しても、買い物で商品を値段によって比べる関係は続きます。人々が商品を作って売買する仕組みのもとでは、仕事のつながりが商品の関係として現れるからです。

値札は買い物に欠かせない情報ですが、それだけでは仕事や暮らしの条件まで説明できません。その条件は、働く力の売買、資本を増やす動き、所有や雇用の歴史と結びついていました。同じ値札を見ても、誰が何を持ち、どんな関係で生産を続けているかを問い直せます。『資本論』を読むことで、身近な買い物から社会の仕組みを考える手がかりが得られます。


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  1. 英語版:fetishism of commodities ↩