Archive of posts from 2026-5
名作「シャイニング」の続編で、「サンキュー、チャック」の監督の作品。続編として完璧だし(前作を想起させるシーンがてんこもり)、少年漫画的でもある。80年代っぽいテイストもある。敵が終始劣勢なのもいい笑。見方によってはB級かもしれんけど。
ユアン・マクレガーが師匠や弟子に翻弄されるので、まるでオビ・ワンのようである。
予告編がつまんないから見るのをためらってたけど、ちゃんと円環的に終わっているし、大変おもしろかったです!
- 小津監督の遺作らしい
- 女性は嫁に行くべき、みたいな思想がすごい
- 「娘を嫁に出す」が小津監督のひとつのテーマらしい
- 娘を嫁に出すのを失敗した恩師(東野英治郎)は極端に惨めに描かれる
- ポジティブに考えれば、家族のために娘を犠牲にさせるわけにはいかん、ってことだろうか
- それにしても娘役の岩下志麻姉さんが美人すぎる!
- 対比としての恩師の娘(杉村春子)の不憫なたたずまいが最高!
- が、それを見て「ああはなりたくない」とか言うのは本当にひどいなあ……
- 娘が「今日はお風呂をわかしてない」と言う。父親は「そうか」と言って顔だけ洗う。言われてみればそれもそうかという感じではあるが、1960年代の日本人は(家風呂があっても)毎日お風呂に入らないのだなあ。
- 同級生の男性(中村伸郎)の口が悪すぎる笑
- 長男に対して “そりゃもう(子どもを)こさえたほうがいいよ。50になって子どもがやっと中学を出るなんてにゃ困るからね” ひいいい
- 昔の石川台駅が出ている(長男のアパートがある)
- 娘がいなくなった寂しい家の描写と酔い覚ましの水を飲むシーンで終わる
- 全体的に『路傍のフジイ』の劣化版という感じ(あるいは未来版か?)
- 外国人監督だから仕方ないが、ところどころに違和感がある
- この設定だと役所広司はキレイすぎる
- が、元金持ちが「あえて」ああいう生活をしているならいいのか
- というか、描く世界がキレイすぎる
- 監督には小津作品よりも「月曜から夜ふかし」を見てほしかったなあ(これが世界だ)
- 安藤忠雄のトイレいいな!
- とにかく物語が動く(姪の登場する)までが遅すぎる!
- どうやら影が重要らしい
- 三浦友和との茶番
ヴィム・ヴェンダース監督作品は名前は知ってるけど見たことないものばかりなので、ちょいちょい見ていきたい。
2020年初旬にJohanna Rothmanに「Write a Conference Proposal the Conference Wants and Accepts」を翻訳したいんだけど?と打診したものの、COVID-19やなんやらで手つかずのまま6年が経ちましたが……ようやく出版することができました。技術系カンファレンスのプロポーザルをこれまで出したことがない人、出してみたけど採択されてなくて困っている人が対象です。よかったら読んでみてください。
生成AIのブームが来てしまい、「プロポーザルのタイトルやアブストラクトなんかAIに書かせればいい!」みたいになっているかもしれませんが、AIは「なぜあなたはプロポーザルを書くのか?」までは教えてくれないはず!きっと得られるものがあるはずですよ。
子どもの自立ムービーだった。グローグーとロッタの物語。お父さんは泣いちゃう。ロッタ・ザ・ハットはクローン・ウォーズに出てた赤ちゃんなのね。それからおそらく「ルーカスの息子たち」の話でもある。
新共和国のパイロットはドラマ版からあのキャストだったんだっけ……?
「『マンダロリアン』では、Xウイングのパイロットを数名登場させています。そのうちの一人がデボラ・チョウ、もう一人がデイブ・フィローニ、そしてリック・ファムイワです。あのシーンはまるで70年代の映画のような雰囲気ですね」
―ジョン・ファブロー
https://starwars.fandom.com/wiki/Trapper_Wolf
微妙だったな。リメイクするたびに微妙なので、過去のマンガ、OVA、テレビアニメ、劇場版アニメがどれだけ特異だったのかって感じだ。
中身は3本立て。
- ep01:吉祥寺が舞台。サンロードを暴走レイバーが進んでいくのを止めるという話。月窓寺あたりで決着。アクションもストーリーもなんだかこじんまりとしている。ここでキャラ紹介が必要だったろうになあ。
- ep02:日誌をめぐるアレコレ。アニメの中盤にありそう。個人的には好き。零式なつかしい。これを最初に持ってきて、キャラ紹介を兼ねると良かったのでは。
- ep03:時代劇で特撮モノを実写で撮りたい、という話。太田さんと進士さんが出てくるのがアツい。が、設定がむちゃくちゃすぎる。それに時代錯誤がすごい。樋口監督が絵コンテを描いたらしい。
- おまけ:押井監督が承諾した予告編が流れる。
全体的には残念な感じでした。2と3も見るけど。
同じことの繰り返しなので途中で中だるみはありながらも、90分にうまくまとめていて良かった。タランティーノ風ってのはよく言われてるけど、ジャンプというかマンガっぽいのかなあ。
真面目に生きていても、システムの設計が悪ければ人は簡単に追い詰められる。ケン・ローチ監督はずっとこういう主題で作品を作っている。本作で描かれる福祉行政も、国民を助けるためではなく、手続きをルール通りに処理するためだけに動いているように見える。観客が憤りを感じるように、かなり意図的に構成されている。
ただ、キャラクターの描き方には少し引っかかる部分もあった。たとえば、2010年代の社会で「パソコンのマウスが使えない」はあり得ないだろう。いつの時代の話をしているんだ。また、行政の対応が硬直的なのはその通りだとしても、真正面から誠実に対応しているだけでは制度に潰されるのは、容易に想像できたのではないか。終盤に弁護士のような人が出てくるが、最初からそうした人たちに頼ってもよかった。シングルマザーも同様で、子どもを抱えて極度の貧困に陥れば、風俗の仕事に流れる可能性は十分に想像できる。それなのに「魂を売った」かのように描くのは偽善的だと思う。
でもまあ、このあたりを差し引いても、「個人の怠慢」ではなく「構造自体」あることを訴えようとしているのだろう。作中では、「隣人を助ける」「真面目に働く」「ルールを守る」といった古い倫理観を持つ人ほど損をする。一方で、隣人は中国から偽シューズを輸入して、グレーな商売で生き延びている。もちろん映画はそれを積極的に肯定しているわけではない。しかし、制度を真正面から信じる人間より、制度の外側で適応できる人間のほうが生き残れる、という現実が描かれている。
この映画には、明確な解決策はない。最後に残るのは、「正しく生きていれば救われる」という感覚が崩れていく不快さと、壁に名前と主張を書くことしかできない、という静かな絶望である。
『オールド・オーク』が公開されていることもあり、ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』を観た。
主人公のリッキーは、宅配ドライバーの仕事を始める。それは「雇用」ではなく、個人事業主としての「契約」である。仕事をするには配達用の車が必要になるため、訪問介護の仕事をしている妻アビーの車を売ることになる。2人には、思春期の息子セブと、まだ幼い娘ライザ・ジェーンがいる。夫婦はそれぞれ忙しく働いているが、家族の生活は少しずつ壊れていく。
個人事業主という仕組み自体が悪いわけではない。仕事は大変だが、がんばれば稼げる仕組みにはなっている。問題は、仕事に余裕がなさすぎることだ。本人が健康で、家族にも何の問題もなく、毎日予定どおりに働けるなら、うまくいくかもしれない。だが、実際の生活はそんなに順調なことばかりではない。子どもが問題を起こしたり、仕事で思わぬトラブルが起きたりする。少しでもピースが外れると、もう立て直すことができない。少しでもバランスを崩すと、家族全体が崩壊に追い込まれてしまう。
家族のことを想っているからこそ、仕事を休まざるを得なくなる。その結果、仕事がうまくいかず、借金を抱え、家族はさらに追い詰められていく。
そして、そのままラストを迎える。何もかも壊れかけていても、また働きに出るしかない。救いがなさすぎる。
意味が分からないわけではないが、整合性がうまく取れていないので嫌いな映画だなあという感じだった。人間の中に宇宙がある、っていうテーマは悪くないんだよな。が、それを支える物語にはあまり納得できなかったし、全体を通してみると、第3部(冒頭のパート)だけチャックと関係が薄い(まったくないわけではない)。
子どもの頃に祖母からダンスを教わることや、大人になってから不意にダンスを踊るシーンなどはとても良かった。だから、そのあたりとスッキリ接続しない第3部がよくないんだなあ。すべては第3部がよくない。
町山さんの解説
科学(や数学)と芸術との対立という話はわかるが、うまく統合はできていなくて、芸術側に寄っているんだよなあ。
「モール」おもしろーい。が、いきなりこれだけ見てもわからないかもしれない。なぜダース・モールが生きているのか?とか、なぜマンダロアの支配者なのか?とか、「ファントム・メナス」だけ見ている普通の人は理解が及ばないかもしれない。
そこで必要なのが「クローン・ウォーズ」の知識である。Redditでこのあたりだけ見ればいいんじゃない?というコメントを書いている人がいたので、該当するエピソードを抽出して、ここに記録しておく。
■ シーズン3(復活の導入)
- 第12話「ダソミアの魔女(Nightsisters)」
- 第13話「新たな脅威(Monster)」
- 第14話「灰色の魔女(Witches of the Mist)」
■ シーズン4(復活と復讐)
- 第21話「邂逅(Brothers)」
- 第22話「復讐の狼煙(Revenge)」
■ シーズン5(マンダロア掌握)
- 第1話「復活のシス(Revival)」
- 第14話「悪の同盟(Eminence)」
- 第15話「仕組まれた救世主(Shades of Reason)」
- 第16話「歪みゆく惑星(The Lawless)」
■ シーズン7(マンダロアの包囲)
- 第9話「忘れがたき旧友(Old Friends Not Forgotten)」
- 第10話「幻影の弟子(The Phantom Apprentice)」
- 第11話「崩壊(Shattered)」
- 第12話「勝利と死(Victory and Death)」
もっと言えば、「ハン・ソロ」とか「アソーカ」とか「反乱者たち」も見ておくといいだろうけど、「モール」よりも後の話なので、興味があればという感じ。
初日ということもあり、前後の回も含めてめっちゃ人がいたので、世間的には人気なんだなあ。
さて、内容は「雑誌の衰退」と「引退」がテーマになっており、広告、引いてはお金を中心に動く業界において、いかに賢明に立ち回るか(いかに引き下がるか)というのが描かれている。が、あまり深いところまでは踏み込めていない。どちらかというとスカスカ。ネタバレになるが、解決策は「また別のお金持ち」を登場させることなので、あまりにも特殊であり、業界的には何も解決していない。それで雑誌の問題が解決されてしまうので、ミランダの引退も白紙になってしまった。どういうことなんだよ。
こうしたスカスカ感は、おそらくミランダが目指すものが出世(または雑誌の存続)以外に描かれないのが問題なのだろう。彼女にもクリエイティブさを尊重する姿勢がないわけではないのだが、それは買収をしかけてくる成金と対峙したときに少しだけ顔を見せるにとどまっている。あくまでも相対的なのだ。ざっくり言うと、人間が描かれていない。ただ、それは本人もわかっているところがあって、そういう冷酷な人間として本を書くようにアンディに告げるシーンがある。1作目もそうだったが、他者の共感を必要としない狂気の「でもやるんだよ」映画なのだなあ。