持続可能な未来をデザインするバックキャスティング

Jaco Quistは『Backcasting for a sustainable future』において、独自の手法を提案している。

1. なぜバックキャスティングが必要なのか?

未来研究(Future Studies)では、未来を「ありそうな未来」「可能性のある未来」「望ましい未来」の3つの階層で捉える。バックキャスティングでは、既存の延長線上では到達し得ない「望ましい未来」を構想し、そこから逆算して現在のアクションを規定する。

2. バックキャスティングの歩み

バックキャスティングの概念は、1970年代にLovinsが提案した「バックワード・ルッキング分析」に端を発する。その後、Robinsonによって「エネルギー・バックキャスティング」として体系化され、政府主導の政策分析やシナリオの実行可能性、環境・社会的影響評価のためのツールとして発展した。

1990年代に入ると、スウェーデンやオランダを中心に、この手法は「持続可能性(サステナビリティ)」の領域へと拡大した。バックキャスティングが不可欠とされる背景には、現代社会が直面する「根深い問題(Persistent problems)」の存在がある。こうした問題が現代を「持続不可能」にしている原因なので、このまま何もしなければ解決されることはない。

近年では、「第2世代バックキャスティング(Second Generation Backcasting)」へと進化を遂げている。これは、単なる専門家による分析から、多様なステークホルダーが関与する「インタラクティブな社会研究」への転換を意味する。

3. 主要な4つのバックキャスティング手法

バックキャスティングの実践においては、目的や文脈に応じて最適化された複数のアプローチが存在する。以下に主要な4つの手法を比較分析する。

Robinsonのアプローチ

  • 前提: 規範的かつデザイン指向。実行可能性と政策的含意に重点を置く。基準は分析の外部から設定される。
  • ステップ: 目的決定 → 目標・制約の設定 → システム記述 → シナリオ構築 → 影響分析。
    • 合意形成よりも、論理的なモデル化と政策分析を重視する。

The Natural Step (TNS)

  • 前提: 企業の戦略的計画に特化。以下の「4つの持続可能性原則」を絶対的な前提条件とする。
    1. 資源利用(地殻からの物質)の抑制
    2. 排出(社会によって生成された物質)の抑制
    3. 生物多様性とエコシステムの物理的維持
    4. 資源の公平かつ効率的な利用(公平性)
  • ステップ: 持続可能性基準の定義 → 現状分析 → 未来ビジョンの想起 → 戦略策定。
    • 従業員の参加と創造性を引き出すプロセスを重視。

STD(持続可能な技術開発)プログラム

  • 前提: 40〜50年後の将来を見据え、環境負荷を「ファクター20(20分の1)」に削減することを目指す。技術と社会の「共進化」を前提とする。
  • ステップ: 戦略的問題の方向付け → 将来ビジョンの共創 → 代替案のバックキャスティング分析 → R&Dアジェンダの策定 → 実装とフォローアップ。

SusHouseプロジェクト

  • 前提: 持続可能な家庭機能(食、住、衣)に焦点を当てた国際プロジェクト。
  • ステップ: 機能定義 → ステークホルダー分析 → 創造性ワークショップ → デザイン指向のシナリオ構築 → 消費者受容性・環境・経済性の多角的評価。

4. Quistが提案する5段階フレームワーク

Quistが提案する汎用的なフレームワークは、バックキャスティングを「社会実験」として捉え、多様な主体の関与を前提としている。

STEP 1:戦略的問題の方向付け (Strategic problem orientation)

  • 解決すべき問題の範囲、機能、時間軸を明確に定義する。
  • 参加者間で、持続可能性に関する規範的な前提条件(目標値など)の合意を形成する。

STEP 2:将来ビジョンの構築 (Develop future vision)

  • 既存の制約を排除した「望ましい未来像」を創造的に描く。
  • 多様なステークホルダーがビジョンを共創し、目指すべき「北極星」を共有する。

STEP 3:バックキャスティング分析 (Backcasting analysis)

  • 将来ビジョンから現在を「振り返り」、実現に向けた複数の代替ルートを特定する。
  • 現状とビジョンのギャップを埋めるために必要な技術的・社会的要素を構造的に分析する。

STEP 4:将来の代替案の精緻化とフォローアップ・アジェンダの策定 (Elaborate future alternative & define follow-up agenda)

  • 特定された代替案を具体的なアクションアイテムへと落とし込む。
  • 研究開発(R&D)アジェンダの策定、政策提言、および具体的な共同アクションプランをアウトプットする。

STEP 5:結果とアジェンダの定着、およびフォローアップの刺激 (Embed results and agenda & stimulate follow-up)

  • 導き出されたビジョンやアジェンダを、参加組織の日常的なルーチンや意思決定プロセスへと組み込む(Embedding)。
  • 構築されたネットワークを維持し、継続的なフォローアップ活動を刺激・管理する。

5. バックキャスティング・ツールキット:4つの武器

本フレームワークを有効に機能させるためには、以下の4つのメソッド・カテゴリーをステップを横断して統合的に活用することが不可欠である。これは、知識と価値観を融合させる「超学際的」な実践を支える武器である。

  1. 参加型ツール (Participatory tools) ステークホルダーの対話と創造性を引き出す。ワークショップ、対話ツール、参加型シナリオ構築法など。
  2. デザイン・ツール (Design tools) 将来シナリオの具体化や、新しいシステム・プロセスの設計を支える。システムデザイン、プロセスデザイン手法。
  3. 分析ツール (Analytical tools) 客観的な評価を行う。環境評価(LCA等)、経済分析、消費者受容性調査、ステークホルダー分析など。
  4. マネジメント・通信ツール (Management and communication tools) プロセス全体の管理とネットワークの維持。ステークホルダー・ネットワークの管理、結果の普及、プロセスデザイン。

6. まとめ:バックキャスティングがもたらす価値

バックキャスティングの真の価値は、単に美しい未来図を描くことにあるのではない。その本質は、以下の3つのダイナミクスを同時に引き起こすことにある。

  1. 学習(Learning): 参加者が互いの視点を知り、自身の思考枠組み(メンタルモデル)を根底からアップデートすること。
  2. 合意形成(Congruence): 異なる背景を持つ主体が、共通の方向性や問題定義に対して「一致(コングルエンス)」を見出すこと。
  3. アクション(Action): 壮大なビジョンを具体的な実行課題へと翻訳し、現実のネットワークの中で具体的な変化を開始すること。

専門的な分析(Inter-disciplinary)と、ステークホルダーの価値観や知識の統合(Trans-disciplinary)を両立させることで、バックキャスティングは持続可能な未来への実効性ある「変革のデザイン」を可能にするのである。