The Nerd Reich: Silicon Valley Fascism and the War on Democracy
1. 大統領就任式の最前列にいた「真の権力者たち」
2025年1月のドナルド・トランプ大統領就任式では、テック業界の大物たちが目立つ場所に座っていた。イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、スンダー・ピチャイらである。政治権力とシリコンバレーの距離が、以前よりずっと近くなったことを象徴する光景だった。その日の就任式後、マスクはキャピタル・ワン・アリーナの集会で、腕をまっすぐ突き出すジェスチャーを見せた。これを「ナチス式敬礼」と受け取る人も多く、大きな議論になった。一方で、単なる熱狂的な身振りだったという見方もある。いずれにしても、かつてリベラルな印象が強かったシリコンバレーと右派政治の接近を強く印象づけた出来事だった。
ジョー・バイデン前大統領は退任演説で、「テック産業複合体」の台頭を警戒するように訴えた。しかし、ジャーナリストのギル・デュランが『The Nerd Reich: Silicon Valley Fascism and the War on Democracy』で問題にしているのは、テック企業の政治的影響力だけではない。一部のテック富豪が、民主主義そのものを自分たちの自由や利益を妨げる仕組みと考え、それに代わる統治の形を求めているというのである。
2. 1997年の予言書
その思想の源流の一つが、1997年に出版された『The Sovereign Individual(主権個人)』である。この本は、情報技術やデジタル通貨の発達によって国家の力が弱まり、国家の規制や課税から逃れられる個人が力を持つ未来を描いている。ピーター・ティールはこの本に大きな影響を受け、国家や民主主義に対する強い不信を示しながら、2009年には「もはや自由と民主主義は両立しない」と記している。
一方で、ティールが共同創業したパランティアは、アメリカ政府との関係が深い。創業初期にはCIAの投資部門In-Q-Telから出資を受け、その後は国防や情報機関、ICEなどと大きな契約を結んできた。つまり、国家から逃れようとする思想と、国家の情報システムを支えるビジネスが同時に存在している。この組み合わせは一見矛盾しているように見えるが、国家そのものを否定しているというより、自分たちが管理される国家を嫌い、自分たちが関与できる国家の力は利用したい、という姿勢として見ることができる。
3. ナード・ライヒ
『The Nerd Reich』という言葉は、著者のデュランが作ったものではない。デュランによれば、2024年に暗号資産業界の人物から「何年も前から彼らをNerd Reichと呼んでいる」と伝えられたという。「Reich」はドイツ語で「帝国」や「統治領域」を意味するが、英語圏ではナチス・ドイツを連想させる言葉でもある。つまり、一部のテック・エリートの権威主義的な政治思想への警告が込められていると言える。
もちろん、シリコンバレー全体が同じ思想を持っているわけではない。重要なのは、テック業界の内部にも、こうした動きを危険だと考える人々がいることである。つまり、「ナード・ライヒ」はテック業界全体を指す言葉ではなく、その内部で進んでいる政治的な分裂を示す言葉として捉えたほうがよいだろう。
4. 「グレー族」と「レッド族」の同盟
テック界を一つの政治勢力として考えるときによく使われるのが「グレー族」という言葉である。スコット・アレグザンダーが、少なくとも2014年には、保守派の「レッド族」、リベラル派の「ブルー族」と並ぶ第三の勢力として「グレー族」を論じていた。そこにはリバタリアンやテック系の人々が含まれていた。その後、投資家バラジ・スリニヴァサンは、この区分を政治戦略として使うようになった。テック界を中心とするグレー族が、共和党系のレッド族と手を組み、ブルー族に対抗するという考え方である。
その構図がよく見える都市のひとつがサンフランシスコである。テック富豪たちが地方政治に多額の資金を投入し、リコールや選挙を通じて進歩派に対抗した。同じようなことは国政でも起きている。かつて暗号資産に否定的だったトランプは、第二次政権では暗号資産業界に友好的な政策を打ち出し、トランプ一家自身も暗号資産事業に深く関わるようになった。こうなると、政治家への資金提供、政府の政策決定、政治家自身の経済的利益をどこまで切り分けられるのかが問題になってくる。
5. 民主主義から「脱出」するネットワーク国家
テック思想家たちが考えているのは、既存の国家を改革することだけではない。既存の政治制度の外に、自分たちのルールで運営できる新しい場所を作ろうという発想もある。その代表が「ネットワーク国家」である。選挙や議会を通して既存制度を変えるのではなく、新しい空間そのものを作り、そこに別のルールを採用しようとする考え方だ。
ホンジュラスのPrósperaは、通常の自治体とは異なる制度を持つ特区であり、「国家から自由になった都市」として、こうした議論ではよく取り上げられる。だが、2024年にホンジュラス最高裁が、その根拠となる制度を違憲と判断した結果、新しい統治の試みが既存国家の主権と衝突した例になった。California Foreverもテック富豪による新都市計画として注目されている。投資家たちは当初、買い手の正体を明かさずに大量の土地を取得し、しばらくしてから新しい都市を作る計画を発表した。
デュランは両者に共通点があると考えている。それは、既存の都市を少しずつ変えるのではなく、新しい空間そのものを設計し、そこに新しいルールを持ち込もうとする発想である。問題は、誰がそのルールを決めるのか、そして住民がどこまでその決定に参加できるのかである。都市をゼロから作れるとしても、統治まで少数の資本提供者が設計するのであれば、それは従来の民主的な自治とはかなり異なるものになる恐れがある。
6. カーティス・ヤーヴィンの影
こうした思想を考えるうえで重要な人物が、カーティス・ヤーヴィンである。かつては「メンシウス・モールドバグ」という名前でブログを書き、民主主義を非効率な仕組みと見なし、国家を企業のように運営すべきだと主張してきた人物である。ヤーヴィンが理想とするのは、企業のCEOのような強い統治者に権限を集中させる仕組みである。その考えを象徴するのが、「RAGE(Retire All Government Employees)」である。連邦政府の職員を大量に退職させ、行政機構を作り直すという発想だ。
2025年にイーロン・マスクらが進めたDOGEは、このRAGEとよく比較された。DOGEは正式な省庁ではなく、既存組織を改編して作られた仕組みであり、連邦職員の削減や政府機関の縮小を進めた。ただし、RAGEとDOGEが同じ計画だったわけではなく、ヤーヴィンがDOGEを動かしていたわけでもない。それでも、既存の官僚機構を非効率な障害と考え、強い権限を持つ人物が政府を作り直すべきだという発想には共通点がある。
DOGEはその後、マスクが政権を離れると急速に存在感を失い、中央組織としては事実上解体された。しかし、連邦職員を減らし、政府をトップダウン型に変えようとする動きまで消えたわけではない。ヤーヴィンの重要性は、かつては異端に見えた彼の考え方が、いまでは現実の政治を理解するための参照先になっている点にある。
7. 私たちはどのような未来を選ぶのか
『The Nerd Reich』が問題にしているのは、テック企業やテック富豪が政治に関わることではない。問題は、巨額の資産とテクノロジーを持つ少数の人々が、民主的な手続きを自分たちを縛る制約と見なし、その外側に新しい統治の仕組みを作ろうとしていることである。ネットワーク国家も、政府機構の解体も、その形は違っていても、既存の制度を変えるより、制度そのものを迂回しようとする点では共通している。
そこでは「効率」が重要な価値になる。選挙、議会、官僚制、住民との合意形成には時間がかかる。企業経営の視点から見れば、それはたしかに非効率である。しかし、民主主義の手続きが遅いのには理由がある。それは、異なる利害を持つ人々が意見を述べ、権力を監視し、決定に異議を申し立てる余地を残すためである。言い換えれば、少数の人々だけに意思決定させないための仕組みでもある。
テクノロジーが発達しても、誰がルールを決めるのかという政治の問題は消えない。『The Nerd Reich』が投げかけているのは、テクノロジーの善悪ではなく、統治の権力を誰に委ねるのかという問いである。